2 Spirits

ONLINE TALK SALON

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OUR TREASURE

#セクシャリティ #ジェンダー #セクシャルマイノリティ

#概念ではなく生物です     #あわい #縁側 #ボーダーレス 

#ジェンダーレス #あいまいさに耐える  

#あわいの民族 #一貫性は必要か?

 #一貫性のないことを言わないように10分先のことを想像して行動する

​2spirits とは....

Two-Spirit(2つの精神)は、伝統的なサードジェンダー(または様々な性別)の文化の中で儀式的、および社会的役割を担うコミュニティの先住民を表すために、北米の先住民によって使われている現代的な言葉です。

世界中の先住民族の中には、2つの性の間を生きる人たちが存在しました。彼らは陰と陽、女性性と男性性などの二つの異なるものを一つの身体に合わせ持つ統合された存在ゆえに、神々との重要な儀式の担い手として部族の中で尊敬されてきました。​

​現代では、未知のもの(ジェンダー、スピリチュアリティ、セクシャリティなど)が存在するスペースは、普通とは違うもの、常識の外にあるものとして社会の片隅へと追いやられています。常識と非常識、あの世とこの世など、未知のものたちが存在するスペース、ーあわい・間ーにこそ、わたしたち現代人が見失ってしまった精神の大海原が拡がっているのではないでしょうか。

2Spiritsは、レズビアン夫婦のSAIとKAORI、女性性とセクシャリティを探求するTARIKAの3人で、自由を欲する人、新しい生き方を模索する人、生き辛さを感じるすべての男と女に捧げる対話のトークサロン「お水とお湯の境界線」からスタートします。。

​連続3回シリーズ

オンライントークサロン

水とお湯の境界線

​毎回20:00~21:30オンラインZOOM

① 10月5日(月)  曖昧さに生きる

② 10月12日(月) あわいに生きる

③ 10月19日(月)   一緒に生きる

 

社会と常識とジェンダーの外側から真実を叫ぶ!

「違うから!」と迫害したり遠ざけたり、なぜ人は違いを許せないのか?違いが障害になってしまうこの世界...そのままで置いといてもらえないだろうか?

3回連続のトークサロン、私たちも何が起こるのかわかりません。

​人は、未知のものを怖れて、既知のフォルダーに収めようとしますが、どうやっても収まらないものだってあるのです。

​新しい考え方、新しい生き方を模索する方、よくわからないけど毎日がちょっと辛いなぁと思う方、興味津々だけなんだけど、という方、もっと毎日を刺激的に生きてみたい方、とにかく誰でもご参加可能です。

​私たちと一緒にお話ししませんか?

*3回連続特典でお申し込みの方のみ、非公開グループにご招待&トークサロンの録画をご覧いただけます。
*単発参加は当日のみとなります。

3回連続参加 ¥3,000

1回単発参加  ¥1,500

SAI
ライフコーチ 一悟術ヒーラー

人と話すことをが大好きです。 自分と他人、男性と女性、遊びと仕事など いつも何かの境界に住んでいます。

“ガリッ“  と鈍い音。
シャインマスカットを食べたらタネがあった。
「ま、シャインマスカットもタネ作りたいわなー」
などと独り言を呟きながら。近所のスーパーの棚は、旬のこのマスカットで一杯だった。ふと自分のことを考える。


同性とずっと付き合ってきた私には子供がいないし、作る機会もなかった。そして、こんな風に個々が直接的な生殖活動をしようがしまいが、世界はセクシャルマイノリティーで溢れてる。ま、シャインマスカットなら、甘くて、食べやすい、肉質が独特。実は最初、友達からその特徴を聞いた時、今までのマスカットと何が違うのかさっぱり分からなかった。

「皮を剥かなくていいだけなんやろ?」「違う違う、フルーツ嫌いの私がこれだけは食べるのよ。全然、別物!」

ふふふ、そのフルーツを食べたことのある人にしか分からない特徴があるのですよ。

さて、一口、いかがでしょう。
特別サロンをご用意してお待ちしています。

KAORI
​会社員・一悟術リーダー

​降りてきたものを言葉にします。

TARIKA
TAOIST JAPAN代表

​スピリチュアリティとセクシャリティに橋をかけることに、人生かけて打ち込む女

境界について
仕事をしていると、必ずグレーゾーンがある。こんな時どうすればいいの?これは、規則ではっきり決まっていないことだし。これって誰の仕事なの?放って置いたらまた同じ問題が起こる。

なので、問題は明確にして方針を決め担当者を決め細分化してグレーゾーンをなくしていく。でも、人間関係でこんな時どうしたらいいの?と思っても明確に白黒はっきりつけてしまうことができない。
こうとも取れる、ああとも取れる、そうでは無いかもしれない。
そうかも知れない。何が正しいの?これは間違っているの?

世間の常識に照らし合わせて、みんなの言うことを聞いて、強くて自信を持った声の大きい人の言うことに流され、はみ出さず、はぐれず、もっとらしいことの範囲に自分を納める。

でも、自分の心は自分の自由にはならない。
たくさんの違和感があり、ほんとは全然違っていたりする。
この違和感はどうもはっきりしない。
何か気持ち悪いけど、言葉にならないし、考えるとしんどい。
この違和感という境界は曖昧で、もやがかかり、足元が覚束ない。
でも、ここに本当の自分が彷徨っている。

長年女性性に取り組んできた私ですが、長年の友人たちと、LGBTQなどのジェンダーと向き合うことと相成りました。

​私にとって彼女たちは、「大切な友人」以外のカテゴリーには属していません。昨今の世界はADHD、LGBTQとかなんとか、よくわからない横文字のフォルダに振り分けられ、境界線(ボーダー)を作って、あちらとこちらにきっちり振り分けてカテゴライズすることが正しい態度だと言わんばかりです。

​自分自身も、「あなたはスピ系だよね」と言われれば「違います」と言い、「セラピストですね」と言われても「違います」と言います。つまるところ、私はどのフォルダにも入りたくないのです。

「じゃああなたは誰なの?」と問われれば「わかりません」としか言いようがありません。私もそれに興味があるので、探求の旅を続けているというワケです。誰の人生も「生きられるべき神秘」で、謎に包まれています。もし全てを知っていたら、この先何を楽しみに生きればいいのでしょうか?

 

間〈あわい〉は、知っていることと知らないことの間、向こうの世界とこちらの世界の間、光と闇の間の薄明の世界で、物の輪郭はぼやけて、肉眼でははっきりと見えないまどろみの世界です。だからこそ、意識をしっかり保って、心眼を開いて歩いて行かねばなりません!いざっっっ!