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プラディーパ

Sammasati
サマサティ

Mystic touch of​

Pradeepa

インドの神秘家OSHOが求めた最後の瞑想グループ

​サマサティのプラディーパ

カリフォルニアから初来


サマサティは、瞑想の魂に触れ、人間としての奥行きと深みに触れるマインドフルネスをサポートします。AIの時代だからこそ、私たちはより精神性を深め進化させる時です。

*If you need English guidance, please contact us before making an appointment.

サマサティ プラディーパ

サマサティ(Sammasati) とは、日本語では「正念」と訳されており、仏陀がこの世を去る前の最後の言葉です。

混沌が深まるこの世界の中で、社会は私たちにコントロールと抑圧を教えてきました。お行儀よく、失礼のないように。そうすれば傷つくこともなく、安全な毎日を送れるし、正しく努力すればきっと成功する!と。さて、正しさとは何でしょう?

大きな変容の時を前にして、少しの間 肩の荷を下ろして、誰もが自分自身に立ち止まる時間が必要です。

どんな思考がマインドのスクリーンを通過しようと、ただ見守る者でありなさい。
どんな感情がハートのスクリーンを通過しようと、ただ観照者にとどまりなさい。
巻き込まれてはならない。同一化してはならない。
良いとか悪いとか、判断してはならない。それは、瞑想ではないからだ。
あなたの瞑想は、無選択の覚醒であるべきだ。

OSHO

サマサティはOSHOが求めた最後の瞑想グループです。

OSHOは、内なる変容の科学に革命的な貢献をもたらし、忙しいペースの現代人の生活を踏まえた瞑想のアプローチで知られています。

プラディーパがリードするサマサティの瞑想グループは、1989年に始まって以来34年に渡ってインド各地、イタリア、イギリス、ドイツ、アメリカ、メキシコなど、世界各国に招かれ、開催されてきました。日本では初開催となるサマサティ。

グループが進むにつれ、深まっていくマインドフルネスを、プラディーパがサポートします。​

初めのうち、OSHOはヴィパッサナのようなものを求めていましたが、姿を現したのはそれとは少し違うものだったので、サマサティのグループそれ自体が、私にとって一種の禅の公案のように感じられました。

現在までに、私がヴィパッサナーリトリートや他の瞑想ワークショップを長年にわたって開催してきて、それを振り返って気づいたことがあります。

瞑想者の最大の課題は、自分自身を真剣に捉えること、マインドフルネスの欠如に気づき、それに落ち込むことで、私たちのエゴの盲点をより明らかに意識できるようになることです。

瞑想者には「悟りを開こう」と努力すること、野心的であること、競争心があること、あるいは自分が最悪の瞑想者であり、誰よりも意識が低いように感じること、といった不条理なジレンマがあります。

私はいつも、このような自分自身へのジャッジメントがどこから来るのかに興味がありました。ジャッジメントに関するOSHOのいくつかの言葉を見ていくとき、私の創造力が大いに刺激されます。 長年にわたり、OSHOはしばしばジョークで講話を終えたものですが、OSHOは常に私たちが人間のあらゆる状態について、ユーモアのセンスを持つことを望んでいるように感じます。

そこに至るには、想像できる限りの励ましが必要でした!私は、楽しいゲームやちょっとした心理ドラマ、瞑想へのプラクティスを提供しながら、それをジョークにしてしまえる能力をサポートするのが得意なのです!

With Love

Pradeepa

サマサティ

サマサティで得られること

グループが進むにつれて、深まるマインドフルネスをプラディーパがサポートします。​左脳的で論理的な判断を超えて、人に内在している潜在的な右脳的な能力、直感力や創造力を体感することができます

1)直感力

頭で判断している事と身体で分かっている事の違いが、自らの身体でつかむことができます。

  

2)洞察力

何かに対する答えではなく「ただ知っている/分かっている」という信頼が身についてきます。

  

3)自己肯定感

人や社会からの評価ではなく、あるがままの自分への安心感と受け入れの感覚が得られます。

4)共感力

他人は敵ではなく、ハートでつながり合うことが可能な、分かち合いの対象である感覚を知ることができます

5)遊び心

人生は深刻なものではないという、実感を伴った体感を得ることができます。

今この瞬間、みんなはこの地上でもっとも祝福された人々だ。

自分自身をブッダとして想起するというのは、もっとも貴い経験だ。

なぜならそれはあなたの永遠性であり、あなたの不死性だからだ。

それはあなたではなく、あなたのまさに〈存在〉だ。

あなたはもはや分離していない。

ブッダの最後の言葉は、サマサティだった。

自分がブッダであることを思い出す。サマサティ……

OSHO : The Zen Manifesto(禅宣言)より

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プラディーパ​

Introduce Prem Pradeepa

プラディーパは1975年にサニヤスを受け、その年の終わりにマルチバーシティが始まったときに、ヴィパッサナー・リトリートを始めるようにOSHOから言われました。

​彼女はそれまでにも、イギリス、スリランカ、インドでヴィパッサナーに座ってきました。

 

その一年後、OSHOは彼女に「坐禅リトリートを始めるように、そして瞑想指導者のトレーニングを始めるように」と言いました。 

何年もの間、多くの多様な瞑想プログラムが生まれ、OSHOはさらに多くの人たちが参加できるように、新しいグループを作るようにと定期的にメッセージを出していました。

ヴィパッサナーのような、でもそれとは違う新しいグループを作ろうというメッセージを受け取ったのは、OSHOが肉体を持っていた最後の年でした!一体、プラディーパは何を期待されているのだろう?

とにかく、こうしてサマサティのグループは、OSHOの要請により誕生したのです。 

プラディーパは瞑想アカデミーの共同ディレクターとなり、瞑想グループのリーダーとして、瞑想のさまざまな側面についてOSHOから直接指導を受ける機会を多く得ました。OSHOは人々が瞑想に関する質問をした時、プラディーパに指示を出すようになりました。
 
70年代以降、プラディーパは多くの瞑想グループやトレーニングを作り始め、多くの仲間たちと分かち合う経験を積み重ねながら、その趣向や内容を調整し続けてきました。瞑想は座禅だけでなく、人生の生き方でもあるので、できるだけシンプルで簡単にマインドフルネスを深められるよう、スペシャルな仕組みやゲームも考案しました。 
 
プネー、リシケシ、デリー、ダラムサラで、ヨーロッパ、メキシコ、アメリカ全土で瞑想会を開催。その愛と瞑想、ユーモアのセンスで知られるようになりました。

 

現在、彼女はサンフランシスコ近郊に住んでおり、最近はグループワークをすることはほとんどなく、オンラインで教えることもありません。

これはまたとない最初で最後のチャンスなのです。

プラディーパ

プラディーパの初来日に寄せて

マジュヌ

​マジュヌ(庄司喜郎)
インド・ゴア在住

アーユルヴェーダ通販サイト サフランロード 代表/瞑想ファシリテーター

プラディーパはOSHOから直接ガイドされてグループをリードした女性です。そして公式の記録には残されていない、彼女個人のエピソードをたくさん持っている数少ない存在です。

1984年7月、当時30代だった私はアメリカにあった瞑想センターを初めて訪れました。そこの大きな瞑想ホールは世界中からやってきた何百人もの人たちが一緒に瞑想して、他では見られない活気と熱気に満ち溢れていました。

私はOSHOのアクティブ瞑想として代表的な、ダイナミック瞑想とクンダリーニ瞑想の2つが好きになり、まだ若かったので大きなホールを縦横無尽に動いて、叫んで、踊りまくっていました。そんな中、瞑想の途中で「何か」にぶつかり目を開くと、それが瞑想をリードしていたプラディーパで、ぶつかった私にニッコリ微笑んでくれたのでした。これが彼女との最初の出会い。

次の年、私は9日間のヴィパッサナ瞑想リトリートに参加して、そこで大きな瞑想体験をしたのですが、その強烈な体験の後で普通の日常に戻るようにと、笑いながら促してくれたのもプラディーパでした。

1980年代後半、私はOSHOの本の翻訳をする傍ら、プラディーパの瞑想グループのアシスタントをしていました。ワークの折々に、彼女がOSHOから受けた直接の指導や言葉、マスターからのメンタルケアーの話など、他では聞けない彼女ならではの体験談を沢山聞かせてもらいました。

今回のグループはOSHOのエッセンスを直接味わったプラディーパという実存から、瞑想する魂に触れられる「ミスティック・タッチ」と言われる貴重な機会となるでしょう。この稀有な風に一度吹かれてみてください。

私も帰国して、本当に何十年かぶりにプラディーパの瞑想グループのアシスタントに入る予定です。今からとても楽しみです。

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